夏の終わり、私の終わり


障子を片側だけ開けて、橙に染まる塀の外の空を見ていた。夏本番は過ぎ去り、陽も少しだけ短くなった。日中はまだまだ暑いが陽が落ちると冷たい風が吹くようになって、秋の始まりを告げている。短い秋が来ればすぐに冬がきて、その冬が終われば私達は卒業だ。きっと、呆気ない程にあっという間に過ぎ去ってしまう予感がする。

「ここは心地がいいな」

気付けば口から言葉が出ていた。開けた障子からは学園内の色々な音が聞こえてくる。三年生の慌ただしい足音や文次郎の算盤の音、滝夜叉丸と田村の言い争い、伊作の悲鳴と留三郎の呆れた声。騒がしい学園だが、いつからかそれが当たり前になっていた。卒業してしまえばもう聞くことの出来ない音。それは、今うしろで書物の整理をする長次の、紙と紙が擦れる音もだ。

「もうすぐ夏が終わるなぁ、夏はおばちゃんの冷や麦が美味くて好きだったんだ」

くるりと長次の方を振り返ると、長次は視線だけをこちらに向けて口元を緩め頷く。昼過ぎになると陽が差すこの部屋は、陽が沈む時刻間際になると部屋全体がぼんやりと橙色に染まる。なんだか空の中にいるみたいな心地だ。

「今、私はすごく気分が良い。与えられた命を全うするのも立派だがな、長次」

膝立ちになって長次の隣に移動すると長次は手を休めて顔を上げる。きらきらと光を反射している天鵞絨のような瞳は、私が六年間見てきたもの。愛おしいもの。

「今私の命がぱたりと絶えてしまっても、いや、きっとその方が、幸せだ」

長次の瞳は驚いたように少し揺れた。でも本音だった。早死にしたいなんて考えたこともないが、独りで死んでいくよりも今逝けたらどれだけ満ち足りた門出であろうか。この学び舎で、長年過ごしたこの部屋で、愛する者の傍らで。

「…そうだな」

長次の表情から意図は読めないが、静かに口を開いたその声音はひどく穏やかで、なんだか胸が締め付けられた。途切れ途切れに聞こえる蝉の悲鳴が消え入りそうだ。嗚呼、最後の夏が終わる。

「私の終わりはいつだろう」

口にした言葉は宛もなく空中に消えた。長次に頭を撫でられて目蓋を下ろす。何故だかじんわりと睫毛に涙が滲んだ。


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私の中のイメージでは、長こへは限りなく他のCPより大人な恋愛をしていると思います。あくまで想像!
普段あどけない小平太は案外大人びた思考を持っていて、長次は言わずもがな。
無謀に見えてちゃんと死についても考えてそうです。六ろ愛しい。
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